謎の行動
うちのクラスにはS君と言う子がいる。
頭が良くて、定期テストでは必ず学年五位以内に入り、噂ではT大を目指している。
ちょっと暗めで、漫画を描くのを密かに趣味としてて、静かで、あんまり友達はいないけど、
でも、気持ち悪いってわけでもない。
そう。人畜無害で、目立つわけじゃないし、気にしなければ限りなく空気に等しい存在の男の子だ。
その彼が、あたしは最近とても気になる。
彼を気にしている理由は、その不可解な行動にある。
彼は、放課になると一人でふらふらと教室を出ていく。
毎時間欠かさず、だ。そして、始業間際に戻って来る。
同じクラスになってから、ずっと続いている。彼が放課に教室にいた試しがない。
さて。この行動にはどんな意味があるんでしょーねー。謎ですねー。
どこへ行って、何をしてるんだろう。愛しい人でもいるのだろうか。
一人で、毎放課どこかへ行き続けなきゃならない用事なんて思いつかない。うーむ。
などと思ってると、毎放課ごとあたしの席へ来る、行動形式の決まりきった雅が、
いつものようにやって来た。なんだか楽しそうだ。
「ねぇねぇ。S君さぁ。いつもどこ行くんだろうね」
「あ、雅もそう思ってた?」
「思わないわけないじゃない。不思議だよねー、あれ」
「うん」
そうかー、みんな不思議に思ってたのかぁ。そうだよなぁ。思わないわけないよなぁ。
「尾(つ)けてみようか」
って、え?
「えーっ!?ほんとに?」
あたし、雅の思いがけない言葉に驚く。
「うん」
雅は、やる気満々って感じで肯定した。
そこまでする事は考えなかったあたしは、ちょっと呆然とした。
「そこまでする事ないんじゃないの?」
「どうして?知りたくないの?」
などと、しばらくやっているところへ、S君が帰って来た。
彼が帰って来たって事は、すぐに授業が始まるって事だ。案の定、始業のベルが鳴った。
「じゃ、次の放課ね」
雅はそう言って、そそくさと自分の席へ戻って行った。
げーっ、冗談だろぉ?
あたしは、尾ける事を思うと緊張して、最初はまともに授業も聞けなかった。
でも、よく考えてみると、謎も解けるし面白い事のような気がして来て、
授業が終わる頃には、もうかなり乗り気になっていた。
見つかったら見つかったで、尾けてなんかいないって言えばいい。証拠はないんだし。
終業のベルが鳴り、S君が席を立った。雅とあたしは、二人で彼の後を尾ける。
教室を出て、二階の渡り廊下を渡り、北館から南館へ。
彼は、振り返る様子も見せずにすたすたと歩いて行く。ので、尾行はそんなにスリルに溢れてはいなかった。
ちょっと拍子抜けの感すらする。
南館は、特別教室が集まっている。その中のどれかに目的の場所があるのだろうか。
渡り廊下を渡り終えると、化学室の前。ここか!?天才少年にはいかにも縁がありそうな場所だー。
しかし、素通りだー。…スカ。
化学室には入らず、階段を一階へ降りる。そこは、家庭科室だ。意表を突いてここかぁっ。
と思いきやここでもない。やっぱり素通りで、すたすた行ってしまう。
職員室の前の廊下もすたすた。突き当たりの図書室もすたすた。
で、一階の東側の渡り廊下を渡って、再び北館へ。なんなんだ、一体。
ん。ちょっと歩調を緩めた。気付かれたか?…と言うわけでもなさそうだな。
分かった。一階の一年生に好きな子がいる。そうだ。そうに違いない。
と思ったら、二階へ上がってしまった。そして、廊下を歩き、トイレに入る。
外で待っていると、二分ほどで出て来た。
それから、あたし達の教室へ。…戻って来てしまった。
えーっ。ただ校内を一周しただけじゃないかっ。
雅もそう思ったのか、複雑な表情をしている。あたし達は、顔を見合わせた。
「どういう事よ、これー」
「何なんだーっ。一人パトロールかいっ」
S君を張り倒したい気分でひとしきり悪態をついて、あたし達はそれぞれの席についた。
結局、雅は、ただの気分転換じゃないの。と言い。あたしもそのあたりで妥協する事にした。
謎は解けるどころか深まってしまったのだ。頭のいい人のする事は分からん。
彼が想いを寄せるかわいい女の子でも見られるかと期待したのになぁ。
「実は花粉症で、座ってるより立ったほうが楽だから歩いている。
そうだ、きっと。…でも、それだと季節が限られるか。…違うな」
雅はそれでも、ときどき思い出したように、一人で謎の行動を推理している。