優しくしないで お泊り編 前編


 

 

 (ミノ視点です)

 

 

 家を出ようとして靴を履いていたら、

 「出かけるの?」

 後ろから声がした。

 振り返れば、キッチンから出てきた姉ちゃんと目が合う。

 「うん。今日は泊まってくる。母さんには言ってあるから」

 と告げると、

 「え、泊まるんだ」

 驚いた声が返ってきた。

 「うん」

 僕の相槌の後、一瞬の間を経て、姉ちゃんはどういうことか察したらしく、

 「あー…そう」

 呟いて納得した様子を見せる。

 そして、別に冷やかすわけでもなく、何かを聞いてくることもなく、

 「ふーん。行ってらっしゃい」

 見送りの言葉をかけてキッチンの方へと戻っていき、その姿は見えなくなった。

 「…行ってくる」

 僕は聞こえるか聞こえないかのボリュームでそれに応え、

 それから、背筋を伸ばしてドアを開ける。

 外に出て歩き出しながら思う。

 僕は、変わったのだろうか。

 姉ちゃんの態度が変わったということは、僕も変わったということなのだろう。

 以前の姉ちゃんなら、出かける際にはどこへ行くのか、とか誰と会うのか、

 とか根掘り葉掘り聞いて来たし、常に、と言っていいくらい心配そうな顔で送り出していた。

 「ほら、もっと元気出して。そんな顔してるとせっかくのイケメンが台無し」

 繰り返し言われて、耳に残っている言葉が脳裏を過ぎる。

 僕は、楽しいとか嬉しいとかをあまり感じることがなく、だから表情も変化に乏しいらしくて、

 それを気にしていた姉ちゃんは、よくそんなふうに声をかけてくれていた。

 でも、今はもうほとんど言われない。

 多分僕が「元気出して」と言わなくてすむくらいには、すでに元気な顔をしているからだ。

 その元気の源である人の顔を思い浮かべれば、僕は自然と気持ちが穏やかになって、

 自分の頬が緩むのを感じる。

 

 姉ちゃんは…

 姉ちゃんも幸せになるといい。

 弟の僕が言うのもなんだけど、姉ちゃんは、かわいい顔をしていて、

 黙っていればすごくモテそうなのに、男勝りの性格が災いしてか、今まで一度も彼氏が出来たことがない。

 まあ…そういう僕も、カズと恋人同士になるまで、誰とも付き合ったことがないのだから、

 あんまり人のことは言えないけれど。

 今では、僕とカズの関係にもだいぶ免疫が出来たようで、

 姉ちゃんもちょっとやそっとのことでは驚かなくなった。

 そんな姉ちゃんには、美由紀という名前の親友がいて、

 いつ見ても二人で連れだって歩いているし、時々家に遊びに来たりもする。

 美由紀さんは、僕を見ると開口一番、

 「ミノル君、今日もイケメンだねー」

 みたいなことを言って、気さくに話しかけてくるんだけど、

 僕はなんと返していいか分からず困ってしまう。

 それで、ただ笑って「こんにちは」と挨拶をする。

 美由紀さんは、僕に興味があるようなフリを装っていて、

 姉ちゃんも彼女は僕に気があると思っているようだけれど、本当はそうじゃない。

 僕は知っている。

 美由紀さんは、眼鏡を取ると結構美人で、そして実は姉ちゃんに想いを寄せているってことを。

 ある日、偶然僕はそれに気づいてしまった。

 姉ちゃんが美由紀さんを見ていないとき、彼女は姉ちゃんに愛しげな視線を向けている。

 その想いを隠す為か、美由紀さんはいつもサバサバとした態度で接していて、

 姉ちゃん本人は、全く気付いていないみたいだけど。

 二人がこれからどうなるのか、それともどうもならないのか、どうなるのがいいのか、僕には分からない。

 ただ、僕がカズに想いを打ち明けられずにいたときのように、

 美由紀さんはもうずっと苦しい日々を過ごしているのだろうなぁと思うと、

 ちょっとだけ居たたまれないような気持ちになって胸がチクリと痛くなる。

 打ち明けるか、諦めるかの、どちらかが出来れば楽になれるのだろうけれど…

 そのタイミングは難しく、それはなかなか出来ることじゃない。

 不器用な僕には、この難しい恋の仲を取り持つなんて真似は到底無理で、多分何の力にもなれないけれど。

 ただ、姉ちゃんには…幸せになって欲しい。

 

 

 「俺んち、親が今年結婚二十周年でさぁ。なんか二人で旅行に行くんだって」

 カズがそう切り出したのは、一か月くらい前のことだった。

 「泊まりで」

 と付け足すカズに、

 「へぇ。おばさん達、凄いね。仲良しだよね」

 僕が感心して言うと、

 「仲良しっつうかなんつうか…うん、まあ…そうかもな…うん」

 カズは照れ臭そうにしつつ、しきりに首を縦に振る。

 どうして親のことなのに、

 カズがなんだか落ち着かない感じで歯切れの悪い物言いをするのかと思っていたら、本題を口にした。

 「でさ、その、なんだ、あーその日…、泊まりに来ないか?」

 「え…」

 こちらを見つめて発する言葉に、僕は驚いて動きを止めた。

 カズを見つめ返せば、少し緊張したような真剣な面持ちで、僕の返事を待っている。

 しばらくの間の後、僕は、視線を下に落として頷いた。

 「あ…うん」

 言いながら、くすぐったいような気持ちになる。

 それがどういうことなのか、泊まるとどうなるのか、想像が容易に頭に浮かんで、

 じわっと恥ずかしさが湧いてきた。

 学校帰りや休みの日に、カズの家を訪れることはあるけれど、

 二人きりで同じ場所に泊まって夜を過ごすなんて初めてのことだ。

 カズが表情に嬉しそうな色を滲ませ、立ち上がって壁のカレンダーを指差し聞いてくる。

 「第四土曜日なんだけど、…大丈夫か?」

 カズの指が置かれた日にちに特別な用事もなかった僕は、すぐにまた「うん」と答えた。

 するとカズが、緊張が解けたようにベッドの端に腰を下ろす。

 「あー、良かった」

 上向き加減で、心底安堵した声で言って、

 「じゃあ、約束な。忘れんなよ」

 笑顔でそう念を押した。

 

 

 忘れる筈がない。

 着替えの入った鞄を肩にかけ、カズの家に向かって歩きながら思う。

 カズは、自分の存在がどれくらい僕の内を占めているのか、知らないのだ。

 僕の想いは十分解っていると思っているらしいカズだけれど、

 実際は、僕のそれはカズが思うより、きっとずっとずっと強く深い。

 うっかり考え過ぎると、どうにかなってしまいそうなほどだから、

 あえて考えないようにしている、という程度には。

 執着し過ぎたことで、カズに嫌われたらと思うと、物凄く怖くなる。

 だから僕は、少し控えめなくらいがちょうどいいのだ、といつも自分に言い聞かせて、

 カズへと向かう想いをグッと抑えている。

 

 昼食を食べて少ししてから家を出て、今は一時半。

 空気は冷たいけれど、風もないし、空は晴れ渡っていて気持ちがいい。

 カズの家に着き、呼び鈴を押したら、すぐにカズが姿を現した。

 待っていてくれたのが分かって、ほんのり嬉しくなる。

 上がるように促されて靴を脱ぎ、

 「お邪魔します」

 カズに付いていつも通り階段を上がり、カズの部屋へと入った。

 おばさん達はもう出かけたらしく、僕たちの他に人の気配はない。

 「なんかすっげぇ早くに出かけて行ってさ。

 朝一の新幹線に乗るとか言って。気合入ってるだろ?」

 カズが、両親が家を出たときの様子を、おかしそうに口にする。

 無口な僕に普段から優しく接してくれるおじさんとおばさんが、

 新幹線に嬉々として乗り込むところを思い描いて、僕は、なんだか微笑ましい気分になった。

 二人は、結婚して、カズを育てて、二十年間仲良く寄り添ってきたのだ。

 「そうなんだ。楽しい旅行になるといいね」

 僕が言うのを聞いて、カズがちょっと驚いたような顔をする。それから、

 「そうだな」

 としみじみ呟いた。

 

 冬休み中は二人とも何かと忙しくて、いい具合に出かけられる日がなく、

 クリスマスイブのプレゼント交換用の商品を買いに行くという約束は、未だに果たされていなかった。

 それで、今日見に行くという話になっていた。

 でも、その場で決めるのってなかなか難しいから、商品を大まかに決めてから出かけることにして、

 カズのパソコンで、某通販サイトのいろんな商品を一緒に見る。

 「これ良さそうじゃん」

 マウスを繰ってカーソルを動かす僕の後ろで、カズが声をあげた。

 「ん…どれ?」

 僕は、どの商品のことか分からずに、手を止め、ズラリと並んだアイテムに視線を彷徨わせる。

 「これ」

 カズが、マウスに置く僕の手に、自分の手を重ねてきた。

 僕が、えっ、と驚いてドキッとしているのにも関わらず、そのまま僕の手ごとマウスを操作する。

 僕の手を包んだ状態で目的の場所に来ると、僕の人差し指を人差し指で押す。

 カチッ。

 小気味良い音と共に、僕の心臓はキュッと縮んで、目の前では新しい画面が開いて、商品が大写しになった。

 「ほら、評価も悪くないし、デザインもいいと思う」

 ゆっくりと頬に熱が上がってくるのと同時に、

 手の甲と合わさったカズの手の平から伝わってくる感触にドキドキする。

 「…うん。いいかも」

 平静を装って応えれば、カズの手は、何もなかったように自然に僕の上から離れていった。

 だけどきっと、カズもちゃんとスキンシップだと意識していると思う。

 カズは時々、僕でさえちょっとクサいんじゃないかと思うくらい思い切った行動に出たりする。

 でも、その一瞬はビックリするし、恥ずかしくもあったりするんだけど、

 次の瞬間には、すぐに物凄く嬉しくなって、僕は本当にカズのことが好きだと思う。

 カズは僕を幸せな気持ちにしてくれる。

 だから僕は、僕に出来ることがあるのなら、なんだってする。

 

 買いたい物が大体決まって、僕たちは外へと出かけた。

 駅前の通りに行くか、ショッピングモールに行くか迷った末に後者を選んだ。

 そこで目当ての物を扱っていそうな店を見ながら歩き、

 「あんな感じだったよな」

 「ん…そうだね。ここ、見てみようか」

 良さそうな店に入って、それぞれに奥の方へと進む。

 そうしてウロウロしていると、

 「あれ、杉山」

 前から来た人に突然話しかけられた。

 相手の顔を見たら、見覚えがあったので「ああ」と取りあえず応える。

 誰なのか名前は出てこないが、多分同じ学校の生徒だ。

 「こんなとこで会うなんて珍しいな。ここ、よく来るの?」

 同じ学年だったような気もするその人は、そう問いかけてきて、

 「あ…うん」

 僕ははにかむようにして返事をした。

 彼は「そうなんだ」と笑顔を見せ、その後は会話が続かず、彼もそれ以上話しかけることもなくて、

 「じゃあ、またな」

 ただの知り合いとしてはごく自然な感じで離れていった。

 カズの方を見ると目が合って、

 「今の誰」

 と聞かれる。

 「え…ああ、あれは…同じ学校の同じ学年の人…同じクラス、かも」

 名前も知らなかったので、そう説明するしかなかった。

 学校で見ているのだろう、顔は見たことがある気がするけれど、

 関心のない人なので、持っている情報が何もない。

 「かもって…もしかして、よく知らない奴なのか?」

 「あ…うん。見覚えはあるんだけど、詳しくは…」

 僕が、苦笑して正直に告げると、カズは、ちょっと呆気に取られたようにしてから、フッと笑って、

 「そっか」

 と頷いた。

 やがて、お互いに欲しい物も見つかって、会計を終え店を出る。

 いつものように他の店もフラフラと何軒か冷やかし、ゲームセンターで少し遊んだ後、

 「そろそろ帰るか」

 カズが言い、僕もいい時間だと思ったので同意してショッピングモールを出た。

 カズの家に帰り着くと六時を回っていて、お腹が空いていた僕たちは、

 少し早いけど夕飯を食べることにして準備を始める。

 おばさんが作っていってくれたというカレーを温める間に、トッピングを冷蔵庫から取り出す。

 福神漬けの他にも、コーンやとろろ、チーズなど、いくつかあって、

 自分の家のそれとの違いに、新鮮さを覚えた。

 「このとろろが、意外と合うんだって」

 食べ始めると、カズが言いながら、それの入った器を僕の方へ差し出す。

 勧められるままに自分のカレーに少しかけ、口に入れてみたら本当においしかった。

 結構辛いカレーだったのだけど、その辛さがマイルドになって、旨みが増している。

 「カレーにとろろなんてどうかと思ったけど…うん、おいしい」

 僕の反応に、カズが満足げに笑った。

 「な、美味いだろ。俺なんて、もうこれなしじゃ物足りねぇもん」

 僕はその屈託ない笑顔に、思わず魅入られつつ、笑って「へぇ」と相槌を打つ。

 そうして、カレーの続きを食べ始めれば、カズも自分のカレーへと意識を戻してスプーンを口に運んだ。

 鍋の時もそうだったけど、カズと一緒に食べる家ご飯を、僕はいつもとても美味しいと思う。

 カズが、テレビをつけてバラエティ番組を見始める。

 お笑い芸人やタレントのお喋りをBGMに、食事をする。

 カズの家ではいつものことらしいが、僕の家は、食事中にテレビを見ない。

 別にどっちがいいとか悪いとかじゃなく、そういうことって家によって違うんだなぁ、

 とぼんやり思っていたら、カズが口を開いた。

 「なんか…デートっぽくしたかったんだけど、あんまり盛り上がらなかったな」

 カズが、今日のことを振り返っている口調で少し悪そうに言って、それを聞いた僕は、小さく首を振る。

 「そんなことないよ。僕は楽しかった」

 カズと一緒に買い物した時間に想いを馳せて、その時の気持ちを正直に伝える。

 お互いのプレゼントを選ぶ為の買い物なんて、そんなにする機会があるとは思えないし、

 カズが、ちゃんとデートだと言葉にしてくれている、それだけでも僕はすごく嬉しいのだ。

 「そっか…ならいいけど」

 カズが、気を取り直した感じで明るい表情をし、和やかな雰囲気で僕たちは夕飯を食べ終えた。

 それから、テーブルの上を片付け、お互いに買った物を持って、居間のソファへと移動する。

 長椅子に二人で腰かけて、

 「これ、『メリークリスマス』…って言うのも、今ごろ変だけど」

 「うん。まあ、でも…『メリークリスマス』だよね」

 なんだかちょっと間の抜けた会話を交わしながら、プレゼントを渡し合い、受け取り合った。

 「プレゼント交換、遅くなって悪かったな」

 「ううん。僕は一緒にプレゼントを選べて、嬉しかった。約束、守ってくれてありがとう。大事に使う」

 「俺も、大事にする。ありがとな」

 そう言って包装を解き、中身を取り出して使い勝手などを確かめるカズに倣い、僕も仕様などをチェックする。

 そうしていると、ふいにカズが切り出した。

 「あのさ」

 「ん?」

 僕は顔を上げ、カズを見る。

 カズは、言おうかどうしようか迷うような素振りを見せた後、思い切ったように聞いてきた。

 「その…ミノの学校って、男が好きな男とかっているの?」

 僕は、その問いに動きを止めた。

 「え」

 カズの言っていることの意味が、よく分からなくてカズをじっと見つめる。

 男が好きな男?つまり、僕やカズ…みたいな?

 「……」

 どういうこと?なんでそんなことを聞くのだろう。

 僕が眉間にしわを寄せ、黙ったまま考え込んでいたら、

 「…いや」

 カズが照れ臭そうに笑い、心情を吐露した。

 「もし…もしさ。仮に、男が好きっていう男がミノの学校にいるとしたら、

 ミノに目をつけない筈がないからさ」

 「……」

 僕の脳裏に、今日ショッピングモールで会った彼の顔が浮かんだ。

 ひょっとして気にしているのだろうか。

 別に何でもないのに。

 「い、いないなら、それでいいんだけど」

 カズが、明らかに動揺している様子を見せる。

 僕は、それを見ながら驚いていた。

 カズがそんなことを考えるなんて、思ってもみなかった。

 もし、本当に僕が誰かに言い寄られることを心配しているのだとしたら、そんな必要は、皆無だ。

 例え、言い寄られたとしても、僕がカズ以外を好きになるわけがない。

 カズは、やっぱり自分の存在がどれくらい僕の内を占めているのか、分かっていない。

 

 

 「あんたって、考え方や感覚がおじいさんだよね」

 そう姉ちゃんに言われるくらい、僕にはなんだか古臭いところがあって、

 だから、なかなか同級生の会話にも入っていけなかったりする。

 そんな僕を、カズが好きになってくれるわけがないと、こうなる前には思っていた。

 僕は周りの人たちのすることに興味も湧かないし、自分でいうのもなんだけど、ぼーっとしていて、

 以前は、すぐに『何がどうなっても構わない』と思ってしまったりする性格だった。

 きっとすごく弱い人間なんだろう。

 そんなしょうもない僕だから、カズに対する想いが報われることはないだろうと、ずっと思っていた。

 今でも、これは夢なんじゃないだろうかと思うこともある。

 だけど、頬をつねってみても、よくよく考えてみても夢なんかじゃなくて…

 そして、そんなことを考え続けるうちに、僕の世界はますますカズだけになっていく。

 カズに関すること、それだけが、僕にとってくっきりとクリアで、

 飛びぬけて重要で、意味のあることだ。

 それ以外は、この世界のほとんどのことに、ピントが合っていないような、

 そんな感覚を常に持ちながら、僕は生活し続けている。

 

 

 「言い寄られていないし、僕が好きなのは、カズだけだよ。何があっても」

 そうハッキリ告げて、僕は、カズをじっと見つめた。

 カズの唇が何か言葉を発しようと開きかけ、でもどこからか聞こえてきた、

 かわいらしいメロディと『お風呂が沸きました』という声に遮られ、閉じる。

 少し前にカズが給湯器の湯張りのボタンを押していたらしく、風呂が沸いたようだった。

 カズは微かに頬を赤くして、視線を逸らしながら言う。

 「風呂、一緒に入ろうか」

 それを聞いてちょっとドキッとした僕も、

 同じように頬に熱が上るのを感じつつ視線を逸らし、「うん」と頷いた。

 

 風呂に行き、僕が服を脱いでいると、先に脱ぎ終わったカズが、

 「脱いだら来いよ」

 浴室のドアを開け、中へ入っていった。

 ここの風呂は、割と最近入ったばかりだ。

 あの時は、おばさんもいて、カズと僕はただ温かな湯船に静かに浸かっていただけだった。

 あれはあれで幸せな時間だったけど、今日は多分、それだけでは終わらない。

 僕が全部を脱ぎ終わってドアを開けたら、カズに早く中に入るよう促された。

 バスタブにもお湯は張ってあったが、カズは洗い場でシャワーを浴びていて、

 僕が中に入ると、僕にもかけ湯代わりにそれを浴びせかけてくる。

 「カズ、自分で浴びるから」

 と言って手を差し出しても、「いいから」と言ってそのまま浴びせ続けるので、

 仕方なく僕はそのお湯で体全体を撫でるようにして洗った。

 見られている、と思っただけで僕のモノは、少し勃ってしまって、

 恥ずかしさに、なんとなく手で隠すようにする。

 二人とも体が濡れたところで、カズがシャワーを止めて、ヘッドをフックにかけた。

 と思ったら、いきなりギュッと抱きしめられ、ビックリする。

 濡れた体が合わさって素肌が触れ合い、その感触に気を取られていると、カズが、

 「ミノ…」

 耳元で名前を呼び、心臓の鼓動が高鳴った。

 そのまま僕の髪の中に手の平を指し入れてきて、一度離れて見つめてから、顔を寄せる。

 僕の唇にカズの唇が重なり、

 「んっ」

 舌が侵入して僕の舌を舐め、絡め取って思い切り吸う。

 僕の頭を掴むようにして、欲情したことを伝えて来る激しいキスに、

 僕の体の芯にも熱いものが灯り、僕はカズの背中に腕を回した。

 「ん…っ、ん…っ」

 そうして、カズの舌の動きにも応えていると、僕の下肢に固く熱いモノが当たる。

 長いキスに僕のモノも完全に勃ち上がり、先端を擦り合わされたら、

 「あっ、んっ」

 もう、それだけでイってしまいそうな気持ち良さを覚えた。

 カズが離れて、熱い吐息を漏らしながら、熱のこもった瞳で見つめてくる。

 「ミノ。…咥えて」

 切なげに口にする言葉に、僕は、目線を下へと落とした。

 カズのモノは、パンパンに張った状態で上を向いていて、早く弾けさせて欲しいと訴えている。

 僕は黙ってカズの前に膝を着き、それに手を添え、顔を寄せた。

 舌で先端に触れ、そのまま口で包み込み、ゆっくりと出し入れを始める。

 僕の咥内で、カズのモノは気持ちよさそうに、ますます硬さを増した。

 僕はいつもカズのモノを咥えるけれど、カズは僕のモノを咥えない。

 別に、それが嫌だとか僕のもそうして欲しいとか、そういう事ではなく、

 僕はそれはむしろカズらしくていいところだと思っているから、これからも咥えないでいて欲しい。

 …なんてことを、わざわざ言う必要もないから言わないけれど。

 カズは、咥えない代わりに、手で擦ったり扱いたりして僕を気持ちよくしてイかせてくれる。

 僕はイきやすくて、カズの手に直に触られるとすぐ感じてきて達してしまう。

 「ミノ…俺の、好き?」

 カズが、僕の前髪を分けるように撫で、額に親指を滑らせながら聞いてきた。

 肯定の意を込めて見上げた後、僕は目を閉じる。

 出し入れを続けつつ舌を絡ませ、想いを込めてフェラをする。

 もちろん好きに決まっている。

 カズの全部が好きなのだ。

 聞くまでもないことなのに、カズは割と毎回同じことを聞いてくる。

 きっと、答えを確認する行為が好きなのだろう。

 カズのモノを、さらに深く喉の奥まで咥えて頭を前後させたら、

 カズが僕の頭を手で持って、自分のペースで動かし始めた。

 頭を引き寄せるのと同時に、腰を突き出すようにする。

 だんだん動かすスピードが上がり、少し苦しくて眉を寄せれば、カズが上から言った。

 「顔にかけていい?」

 唐突な問いに、目を開ける。

 そういうエッチはしたことがない。

 もしかして、前からしてみたかったのだろうか?

 その状態で返事が出来るわけもなく、されるがままになっていると、

 「ん…っ、出るっ」

 カズが慌てて自分のモノを僕の口から引き抜き、先端を僕の方へと向ける。

 ほどなく、小さな孔から精液が勢いよく吐き出された。

 思わず目を瞑るのと同時に、生暖かい液体が顔中に飛び散って付着するのを感じる。

 顔に出されたのは初めてで、当然その感覚も初めてのものだった。

 僕は目を閉じたまま、いつもは口の中に注がれるカズの白濁を、出終わるまで全て顔面で受け止めた。

 そうして、そっと目を開けたら、カズのちょっと申し訳なさそうな、照れたような表情が目に入る。

 「悪い。大丈夫か?」

 聞かれて、僕は黙って頷いた。

 それから、改めて「うん」と声に出す。

 カズはよく、したい事をやってしまった後で、悪そうに謝ってくる。

 僕はカズがしたいことなら何でもして欲しいと思っているのだから、謝る必要などないのに。

 まあ…カズの優しい声が聞けるので、それはそれでいいかな、とも思うけれど。

 「なんか…すっげぇ良かった。興奮した」

 カズが、高揚した口調で驚いたように、また意外そうに感想を呟いてから、

 「ほら」

 湯を出して、シャワーヘッドを僕に渡してきた。

 洗い流すように、ということらしい。

 僕はそれを受け取って、少し惜しい気分になりつつ、顔に飛散した液を洗い落とした。

 カズの放出したものが、僕の体を伝って流れ落ち、湯と混ざり合って排水溝へと吸い込まれていく。

 そうして体全体に湯の飛沫を浴び、綺麗になったところで、

 僕は改めて、白濁が顔に付着した瞬間の感触を思い出し、じわりと恍惚とした気分になった。

 顔にかけることの、何がいいのか、どこがいいのか、僕には分からない。

 ただ、かけられる事は嫌でなく、悪くもなかった。

 何より、カズを受け止められたことに、喜びを感じる。

 カズの精液は、一滴残らず僕の体に出して欲しい。

 全部僕の中か上に出して欲しい。

 カズを受け止めるのは僕でなければならない。

 

 

 風呂で二人とも体と髪を洗った。

 この場所で最後まですることになるかも知れないとどこかで思っていたけれど、その予想は外れた。

 一度出したことで治まったのか、それとも何か思惑があるのか、風呂ではそれ以上性的な事には及ばず、

 普通に身体を清潔にして、カズがドアを開け外に出た。

 「僕も出るよ」

 一緒に出ようとしたら、「いや」と止められ、

 「ミノはもう少し浸かって、しばらくしたら、そのままの格好で俺の部屋に来て欲しい」

 肩に手を置いて言われる。

 僕は黙ってカズの顔を見つめた後、了承して、もう一度ゆっくりとバスタブに体を沈めた。

 一人で湯船に浸かり、ドアの向こうのカズの気配が消えるのを待ってから、風呂を出て丁寧に体を拭く。

 カズの思惑は分からないけれど、僕はカズの言うことを聞くだけだ。

 見慣れた自分の家とは違う場所で、一人になっている事への不安を少しだけ感じつつ、

 何も身につけていないことに心許なさも覚えながら。

 僕はタイミングを計り、洗面所を出てそろそろと階段を上り始める。

 風呂上がりの肌に、冷えた空気が纏わりつく。

 

 

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2016.08.31

                                    

 

 

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