優しくしないで Sweet White Xmas 前編


 

 

 俺は仕事上がりの五時を過ぎても、まだ店にいた。

 レジ前に出来た行列に、げんなりしながら窓の外にちらっと目をやる。

 昨日辺りから急激に冷えてきて、テレビで天気予報士が、

 ホワイトクリスマスになりそうだと言っていた通り、

 空からは白い物が舞い降りていた。

 ミノ、待ってんだろうな。

 駅前にいるミノの姿を思い浮かべて、急激に焦燥感に襲われるが、

 今抜けるわけにもいかず、どうすることも出来ない。

 心の中で嘆息しつつ、それでも顔には無理矢理な笑みを浮かべて、

 俺は予約券と照らし合わせながらのケーキ引き渡しという作業を、

 順番にただひたすらに、続けていた。

 

 

 数日前のことだ。

 学校から帰って、家でミノと会っていたとき、ミノが聞いた。

 「24日って、何か用事ある?」

 「24日?」

 俺はカレンダーに目をやり、答える。

 「えぇ…っと。その日はバイトが入ってる」

 すると、ミノは一瞬動きを止めた後、

 「…そう」と少し落胆した表情を浮かべた。

 その様子に、

 「何で。なんかあるのか?」

 と問いかけたら、言おうかどうか迷うようにしていて、

 「いいから、言ってみろって」

 促すと、思い切った感じで、口にする。

 「僕、カズに何かプレゼントしたいんだけど…

 でも何がいいか分からないから、

 一緒に買い物に行けないかと思って…」

 プレゼント。

 プレゼントってのは、クリスマスプレゼント…のことだよな。

 全然考えてなくてピンと来ていない俺の頭に、

 クリスマスにする代表的なこととして、

 プレゼントを渡し合う画がぼんやりと思い浮かぶ。

 ひょっとしてあれがしたいのだろうか。

 それとも、クリスマスだから、二人で出かけたい、ってことなのか?

 どっちにしろミノはクリスマスに、

 何かカップルっぽいことをしたいらしかった。

 「でも、バイトが入ってるなら、しょうがないよね」

 諦めたように呟いて苦笑するミノを見たら、

 応えてやりたい気分になってきて、考えを巡らす。

 バイトは朝十時から夕方の五時までだ。

 その後なら何も用事は入っていない。

 五時ならまだ、どこかに出かけることだって出来る筈。

 「大丈夫。俺五時には終わるからさ、そしたら、その後行ける。

 一緒に街中をブラブラしようか」

 と言うと、ミノの顔がパッと明るくなった。

 「ほんと?」

 「ああ」

 俺は頷く。

 「デートしよう。俺もなんかプレゼントするよ」

 はっきりデートと口に出したら、

 ミノの表情にみるみる嬉しそうな色が浮かんで、

 「うん」

 とびっきりの笑顔で、思いっきり首を縦に振った。

 

 

 そして、12月24日のクリスマスイブ。

 俺は、朝からバイトをしていた。

 店頭で、予約のお客さんにケーキを渡す仕事だ。

 人気の店なので、途切れることなく客が訪れて、

 数種類のケーキの中から、自分の注文したケーキを受け取っていく。

 このバイトを決めた理由は、ズバリ時給が良かったからだ。

 冬休みに入る少し前に、

 「なんか短期のいいバイトないかなー」

 と口にしたら、

 冬はケーキ屋でのバイトがおいしいと言った奴がいて、

 求人情報を見てみると、確かに時給が良かったので、

 24日と25日の二日間働くことに決めたのだった。

 でも、仕事を始めてから数時間が経ったところで、

 俺は自分の考えが甘かったことを知る。

 クリスマスのケーキ屋でのバイトには、覚悟が必要なのだった。

 特に24日のそれは、すごく忙しいどころでなく、信じられないくらい、

 むちゃくちゃ忙しくて(ケーキ屋にも寄るんだろうけど)、

 息つく暇もない。

 店の人たちに、俺と同じような短期のバイト数人が加わって、

 午前中は、ほとんど客を待たせることなく何とかこなしていたが、

 昼を過ぎた辺りからレジ前に行列が出来始めた。

 その後は、もうひっきりなしという感じで、時間が経つにつれ、

 列がどんどん伸びていく。

 「すごい人だなぁ」

 最初はそう言って笑っていたが、そのうち笑えなくなってきた。

 しかも。

 「昼から白石っていう男の子が来てくれる筈なんだけど、

 来ないんだよね。電話しても通じないし」

 店長が、不吉なことを言う。

 そして、俺を始めみんなが彼が来てくれることを期待したが、

 そいつは現れないまま、時間は過ぎていった。

 上がり際に、話があると店長に呼ばれ、

 嫌な予感に襲われつつ行ってみたら、案の定店長の俺を見る目が、

 申し訳なさそうなものになっていた。

 「井上君、もうちょっと残ってやってくれないかな」

 「え。これから俺、用事があるんですけど」

 「そこをなんとか。頼むよ」

 「……」

 短期募集で、1日三時間からでもOKと書いてあったから応募したのに、

 話が違う。

 と思った…けど。

 一人いるのといないのとでは大分違うし、店長の本気で困っている顔と、

 レジに並んでいるお客さんの行列を見て、「帰ります」とは、言えなかった。

 ましてや、デートだからなんて、この鬼気迫る状況の中で、

 間違っても口に出来ない。

 しょうがなく仕事を続行する。

 ……。

 どこの誰でどんな奴か知らんけど。

 白石ー(怒)。

 俺は心中で、そいつに怒りをぶつけつつ、仕事をこなした。

 客に商品を渡しながら、ミノに想いを馳せれば、

 寒空の下にいる姿が思い浮かぶ。

 せめて、どこか暖かい店かなんかに入っていてくれるといいんだけど。

 いや。いっそ、帰ってくれてていい。俺が悪いんだから。

 だけど、ミノのことだから、きっと、律儀に待っているんだろう。

 電話をして、ミノに一言伝えたくてしょうがなかったが、

 携帯は、着替えをした別の建物にあるロッカーの中の鞄に入っていて、

 すぐには取って来られない。

 時間が経過するほどに、焦りと悪いと思う気持ちが募っていく。

 でも、どうすることも出来ないままで、結局俺が仕事を終えたのは、

 二時間が過ぎた午後七時だった。

 

 店長への挨拶もそこそこに店を出、着替えをして、

 ミノとの待ち合わせ場所へ向かう。

 外は真っ暗で、薄く雪が積もり今もまだ小雪のちらつく歩道を、

 転ばないように注意しつつ走ってそこへ着けば、

 やはり思った通りのミノがいた。

 暖を取れる場所へ行くこともなく、

 駅前の約束した場所で、立っている。

 でも、一人じゃなく、若い女性二人と一緒だった。

 誰だろう。

 ちょっと派手な格好をしていて、少し年上に見える。

 ミノに話しかけている彼女たちを訝しく思いつつ、

 「ミノっ」

 声をかけると、ミノはハッとしたように顔を上げてこちらを見た。

 それから、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 「カズ」

 ホッとした様子のミノに、女性二人は、

 「えっ、連れって男の子だったの?」

 驚いたような声をあげ、

 しばらく顔を見合わせてから、目配せし合い、

 「そっかー、良かったねー。じゃあねー」

 陽気に手を振って、離れていった。

 俺は眉を寄せて、ミノを見る。

 「何言い寄られてんだよ」

 と言うと、ちょっと困ったような表情をしながら、

 笑って向かいのマンションを指差した。

 「今の、あそこのマンションの人達で、

 僕がここに来てちょっと経ったころから、

 こっちをずっとチラチラ見てたんだよね」

 言われて、俺はミノが指差す向かいのマンションの二階の窓を見上げる。

 「どうもクリスマスパーティーをやってるみたいで…」

 部屋の中を目を凝らしてよく見てみれば、

 確かにモールやら何やらで、赤と緑多めの、

 クリスマスっぽい飾り付けがしてあるのが目に入った。

 「で、ついさっき、彼女たちが外に出て来て話しかけて来たんだけど」

 「何て」

 「パーティの人数が足りないから、来ないかって」

 それを聞いて驚き、視線を窓からミノへと移す。

 「断ったんだよな?」

 と聞くと「うん」と頷き、そのまま続けた。

 「でも『もう二時間以上待ってるでしょ?』って。

 『待ってる子、きっと、もう来ないよ』って」

 ……。

 待ってる子、か。多分彼女を待ってるんだと思われてたんだろうな。

 「しつこくされたけど、僕、絶対来るって信じてたから」

 澄んだ瞳でなんだか誇らしげに言うミノを、

 俺は無言で見つめ、それから、再びマンションの窓に目を向けた。

 すると、中の人影のうちの二つが窓際に近づいて来て、

 よく見たらさっきの二人組で、笑ってこちらに手を振ってくるので、

 ちょっとギョッとする。

 ミノは、そんな俺とは対照的に、笑顔を返しつつ軽く頭を下げ、

 俺はそのやりとりを見ながら、ん?と思った。

 『もう二時間以上待ってるでしょ?』

 とミノは彼女たちに言われた…らしい。

 ……。

 俺。二時間待たせた自覚はある。

 でも、どうも実際は、その程度じゃないようだ。

 「なぁミノ。二時間以上って、いったいいつから待ってんだよ」

 俺は聞いたが、ミノは答えたくないらしく、

 俯き加減で黙って笑っている。

 俺は、呆れて眉を寄せ、ミノを見た。

 「お前…。寒いのに」

 ミノは、そんな俺の視線など気にしない口調で、

 「だって…嬉しくて」

 そう言って頬を染め、目を伏せ気味にする。

 その表情に魅入られて、少しの間見蕩れたようになっていると、

 視界を小雪がちらちらとよぎり、俺はそれが舞い降りてくる空を見上げた。

 このままここでいつまでもこうしていても、余計に寒くなるばかりだ。

 「ミノ、遅くなってごめんな」

 俺は、そう言うと、視線を空からミノに戻した。

 それから、

 「行こうか」

 思い切ってミノの手を取る。

 そうしたら、むちゃくちゃ冷たくて、

 「ひゃっ」

 そのあまりの冷たさに、妙な声が出て咄嗟に手を離してしまった。

 氷みたいだ。

 俺は、唖然として動きを止め、ミノを見つめた。

 そうして、もう一度手をぐっと掴んで、歩き出す。

 「デートはまた今度な」

 「えっ」

 俺の言葉に、驚いた顔をするミノを引っ張って、

 俺はそのまま歩き続けた。

 

 

 「ただいま」

 玄関のドアを開けて、中に向かって大きな声で言う。

 ミノにも上がるように促して、一緒に奥へ入って行った。

 街中をブラつくのは、いつでも出来る。

 買い物をするには、ちょっと遅い時間になってしまったし、

 今は、ミノが風邪を引かないようにする方が先決だろう。

 居間に入っていったら、おふくろがいて「おかえり」と返す。

 俺が、

 「ミノ連れて来た」

 と言うと、

 「まあ、ミノル君、いらっしゃい。久しぶりねぇ」

 ミノを見て笑みを浮かべ、ミノも挨拶をした。

 俺は、自分が待ち合わせに遅れて、

 ミノの体が冷え切ってしまったことをおふくろに説明した。

 そして、

 「風呂、入れる?」

 と聞くと、すぐに風呂の準備に取りかかってくれる。

 ここまで冷え切った体を温めるには、風呂が一番いいに違いない。

 そう考え、ミノだけ入ればいいと思っていたら、

 「和樹もついでに入ったらどう?

 あんた達、小さい頃はお風呂やプールによく一緒に入ってたじゃない」

 居間で沸くのを待ちつつテレビを見ていた俺とミノに、

 おふくろがタオルを渡しながら事もなげに言って、

 「えっ」

 俺は驚いて、思わず声をあげた。

 ちょっと声がひっくり返っていたかも知れない。

 でも、おふくろは、そんな俺の変化には気づかなかったようで、

 またスタスタと歩いて行ってしまう。

 ミノはと見ると、表情を隠すように俯いてしまっていた。

 おふくろの提案を、始めはとんでもないと思ったけれど、

 ミノをじっと見ていたら、だんだんそれもいいかもと思えて来て、

 「風呂…入るか?」

 と口にすると、ミノが俯いたままコクンと頷いた。

 

 

 風呂が沸き、俺とミノは、一緒に風呂に入った。

 服を脱ぎ、ミノに先に湯船に浸かるように言って、

 俺も後からそこに入る。

 ミノのモノを見ると、少し勃ってしまっていた。

 それを見たら、俺のも反応しそうになったが、

 「今、ここでするわけにいかないからな」

 ミノと自分に言い聞かせるように小さく呟いて、

 欲望を抑え込んだ。

 ただ、どうしてもそうせずにはいられなくて、湯船の中で、

 自分の前にミノを後ろ向きに座らせた体勢で、その体に手を回した。

 しばらく黙って、そうして抱きしめていたら、めっちゃドキドキしてきた。

 外から帰って寒さに縮こまっていた体が、温まってほぐれてきて、

 なんだかものすごく気持ちよく、幸せな気分になってくる。

 湯気に包まれた世界で、ミノのうなじに顔を寄せ、

 チュッと小さく口づけをすると、ミノの肩が、ピクッと揺れた。

 でも、それ以上は何もせず、何か言ったら、

 手がやらしい行為に及んでしまいそうだったので、

 何も口にすることもせず、黙ってミノを抱きしめ続ける。

 ミノもじっとしたまま動かずにいたが、

 しばらくして、そっと俺の手に自分の手を重ねてきた。

 俺の手を、握るようにするその仕草がなんだか愛しくて、

 「あったかいな」

 ポツリと呟いたら、コクンと頷く振動と共に、

 「うん」と小さい声が聞こえた。

 

 

 風呂から上がって、二人で居間に戻ったら、

 おふくろが声をかけてきた。

 「和樹、お母さんちょっと出かけてくるから、留守番しててね」

 その言葉に、

 「出かけるって、どこへ」

 顔を見ながら問いかけると、少し浮かれた口調で答える。

 「サークルのみんなとカラオケ。予約してあるから」

 おふくろは趣味でテニスをやっていて、

 今日はどうやらそのメンバーと約束があるらしかった。

 「そうなんだ。…で、俺の飯は?」

 おふくろが遊びに行くのは別に構わないけれど、

 俺はまだ夕飯を食っていない。

 せっかく体が温まったのだし、今から外に食いにいくのも面倒で聞いたら、

 おふくろが台所の方に目を向けるようにして言った。

 「鍋があるから、悪いけど自分で温めて食べて。ご飯はジャーの中」

 「ふーん。…分かった」

 俺が了承すると、

 「良かったらミノル君も食べていってね」

 おふくろは、ミノにも声をかけ、

 「あ…はい。ありがとうございます」

 ミノが恐縮する感じで頭を下げる。

 「親父は?」

 俺が続けて聞くと、忘年会だと簡潔に告げ、

 「ああ。そう言えば…」

 俺は、カレンダーに小さく書いてあったのを思い出した。

 「そういうことだから、じゃあ行ってくるね」

 おふくろが機嫌良く出かけていって、

 「行ってらっしゃい」

 家には俺とミノが残った。

 

 「こんな時間だし、腹も減ったし、飯食おうか」

 おふくろを二人で送り出した後、

 振り返ってミノに言い、台所へと向かう。

 カセットコンロの火を点けて、鍋を温める間に、

 二人して台所をウロウロしながら、お茶や飯の用意をする。

 「晩飯、食って帰るって、家に電話しとけよ」

 俺が言うと、

 「あ、うん」

 ミノは、携帯を取り出して家にその旨を伝える電話をかけた。

 俺は、箸を手にしてテーブルにつく。

 電話を終えたミノに、

 「ミノはそっちな」

 俺の向かいの席につくよう言うと、

 ちょっと緊張したような面持ちで、そこに腰かけた。

 鍋を前に向かいあって座ったら、やけにアットホームな空気が漂って、

 ちょっとだけ照れくさい気分になる。

 「火も通ってるみたいだし、食べよう」

 鍋の蓋を開け、二人してそれぞれ器に鍋の中身をよそった。

 それから、テレビを見ながら食っていたら、

 途中で、そう言えば今日はクリスマスだったな、と思い出す。

 家の中には、クリスマスっぽい雰囲気も、

 バイトであれだけ関わっておきながらケーキもなかった。

 でも、別に物足りない気はしない。

 「クリスマスに鍋っつうのも、オツだよな」

 向かいで同じように食べ物を口に運ぶミノに言うと、

 「うん。…おいしい」

 嬉しそうにしてそう言ってから、「それに」と続けた。

 「クリスマスに、カズの家でこうやって一緒に鍋を食べられるなんて、

 思ってもみなかった」

 少し恥ずかしそうにして俯く。

 その様子がほわっと暖かい感じで、なんだかこっちまで嬉しくなった。

 それで、

 「ほら、体冷えてんだから、もっと食えっ」

 と、勝手に具を足してやったら、

 「わぁ、もう十分、あったかくなったよっ」

 ミノが、慌てたように、でもやっぱり嬉しそうに言う。

 

 

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2013.12.23

                                    

 

 

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